『奇跡の脳の物語 ―キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳』(茂木健一郎/廣済堂新書)
「サヴァン」とは「savant」と書きフランス語で「賢者」「天才」「知識人」を意味する。モーツァルトもベートーベンもニュートンもアインシュタインもサヴァンだったそうだ。「発達障害や精神障害を患いながらも、音楽や絵画といった芸術的な才能を開花させ、あるいは数学などある特定の分野で驚くべき能力を発揮する人々がいる。彼らのような症状は総じて『サヴァン症候群』と呼ばれている。」
他者とのコミュニケーションを図るために必要とされる能力、相手の心を読み取る能力を「心の理論」と言う。「じつはこの『心の理論』の欠如が、『サヴァン症候群』の驚くべき能力と深く結びついているという有力な説がある。人間の脳に大きな負荷を与える『心の理論』を欠いている代わりに、そのために割かれていた脳神経が他の能力に当てがわれて異常に発達し、サヴァンの能力を発揮するのではないかと。」
映画『レインマン』のモデルとなったキム・ピークは、脳梁の欠損によって「半球離断症候群」という右脳と左脳がそれぞれ独立して機能しているそうだ。「キムと図書館に行って、彼が本を読んでいる姿を実際に見てみると、右目と左目がバラバラに動いているのがわかった。つまり、右目で右ページ、左目で左ページをそれぞれ別に読んでいる。」
僕は即座に高橋有紀子を思い出した。インドアバレーで2回、ビーチバレーで2回、計4回連続でオリンピックに出場し4位、5位、5位、4位といずれも入賞したこの天才選手は、まさに天才的なプレーを随所に見せてくれたが、最後のシドニー五輪を目指して練習している間、僕にこう言った。
「最近試しているのは、右目と左目で別々のものを見てプレー出来ないかなってことなんです」
ハハハハ、面白いねぇ、さすがユッコ(高橋選手のニックネーム)、でもさすがのユッコでも難しいでしょう、と応えたことを思い出す。天才のひらめきは何と桁外れなんだとそのとき思ったけれど、もし先にこの本を読んでいれば、もっともっとその試みを薦めていたかもしれない。
キムは読書が大好きで、毎日図書館へ行っていたそうである。そういうキムの日常生活を支えていたのは父親のフラン。このあと何人かのサヴァンたちがこの本に登場するが、そのいずれもが家族の愛に支えられて才能を発見あるいは開花したことが書かれている。そして画期的なリハビリ療法として医学博士で大阪芸術大学教授の野田燎氏が提唱する音楽運動療法を紹介している。
「自分の動きが音楽と連動することで心地よくなり、脳内ホルモンのドーパミンが分泌される。これが脳全体を刺激し、新たな神経ネットワークを促進するのだという。科学的にも実証され、論文も発表されている。」
これは音楽療法に限らずに、人々の“才能を育む”ために、人々を心地よくするために、“愛する”こと、そしてそれを伝え続けることが大切なんだということではないか。僕にとっての新たなテーマがいまここにある。茂木健一郎は最終章「才能を育む社会へ」でこう書く。「脳の個性、それがどんなに飛び抜けて他の人と違っていようとも、その個性を認め、尊い才能として育むこと。(中略)それは、ぼくたちすべてにとって、よりよく生きるための要となるはずだ。」
(ことしの本棚 第37回 針谷和昌)
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