『いねむり先生』(伊集院静/集英社)から続く“本の道”に導かれて、20代の頃以来約30年振りの色川武大(阿佐田哲也)である。
幻視、幻聴、幻覚。とてつもないものを見て、聞いている人がいる。確か昔、狂人は自分が狂っていることを知らない、というような話を聞いたことがあるが、この中に出てくる狂人は自分の狂いを知っている。次にどんなものが見えてくるか、聞こえてくるか、出てくるか、よくわかっている。自分の体から死人の体が生えて来て、それが既に傷ついたりしている。そんなことも見えたりするのだ。僕は心配になって、ちょっとそれに近い絵を描くアーティストに訊ねてみたが、そういうものは見ないと言っていた。
「小便のように涙が流れる。」そういう記述がある。涙がどっと溢れるのではなく、同じ勢いでずっと出るということか。そういうことよりも、その排泄にまつわる快感のことも含めての表現であるようだ。「半覚半睡」という言葉も出てくる。そうするとどこまでが夢でどこまでが現実なのか、わからなくなるのではないか。考えてみると、それがかなり怖い。
色川武大は通常の人とは違う。狂人であるあるいは狂人のようであると同時に、書くことや打つこと(麻雀)に関するとてつもない才能を持っている。そして作家やミュージシャンやイラストレーターという人たちを惹き付ける魅力の持ち主である。天才と狂人は紙一重。どこへ続くかわからない“本の道”は、『奇跡の脳の物語 ―キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳』(茂木健一郎/廣済堂新書)へと進む。
(ことしの本棚 第36回 針谷和昌)
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