田幡直樹氏 推薦書
塾生諸君、「働く」ってどうゆうこと?
「働く」という字は、人偏に動くだから、人が動くことだ。しかし、ただ無目的に動いても意味がない。目的を持って動く。会社でもNPOでも、おおよそ集団で目的を達成しようとする。集団の構成員である、会社、上司、同僚、部下、顧客などに必要とされなければ、集団には加われない=就職できない。他者から必要とされるためには、能力を磨かなければならない。
第一に、法学部は法律学・政治学、経済学部は経済学、商学部は商学、理工学部は理学・工学、薬学部は薬学、医学部は医学について、しっかりと学んだ結果として、世界の超一流大学の学生と同等あるいは凌駕する高い学力を持っていなければならない。加えて、広く、深い教養も必要だ。追体験として、「読書が重要」。塾生特有の要領の良さで獲得した「適当に良い成績や適度の教養」など、時代の最先端で、グローバリゼーションと言う世界大競争に打ち勝つためには役に立たない。
ノーベル賞受賞者を輩出している民族の家庭では、子供達に、物心つく以前から、以下のように繰り返し教えている。「深く考えなさい。深く考えなさい。しっかり学びなさい。しっかり学び続けなさい。そして、他人とは違った人になりなさい」
■歴史を学ぶ ━ 自分達は何処からきて何処にいるのか
『戦後世界経済史-自由と平等の視点から』(猪木武徳/中公新書)
第二次大戦終了後今日に至るまでの、世界経済の変遷は、今回の金融危機も含め、その原因も対処方法も、「豊かさ」、「効率」、「自由」、「平等」、「環境」など価値選択の結果と言える。モラルを保ち、選択を誤らないために、民主国家にとって重要な点は、知性と情報。今回の金融危機で、(1) 正義や正直と言うモラルが市場取引の大前提であること、(2)1930年代と異なりデフレ下の緊縮政策は誤り、との情報が理解されていたこと、はその証拠。
『この国のかたち』(司馬遼太郎/文春文庫)
旧満州(現中国東北部)の、ソ連との国境地域で戦車兵として死ぬことが確実であった筆者が、生き残り、昭和初年から20年までの間は、それまでの日本の歴史とは不連続な「異胎」の時代と考え、元来、日本とはどのような歴史を持った国であったかを示した書。
『日本人へ 国家と歴史篇』(塩野七生/文春新書)
「ローマ人の物語」15巻を15年かけて書いた筆者による文化・文明・日本人評論。“スーツを買うとなると、値段の違いはないのに、ヴァレンティーノではなくアルマーニのものを選ぶ。なぜなら、ヴァレンティーノの「女」は、1960年代から70年代が彼の全盛期であっただけに、どうしても有閑マダムになってしまうのだ。一方、この後に出てきたアルマーニの「女」となると、働く女に変わってくる。彼自身も、ボクは性格のはっきりした女のために作っている、と言っていた。”
■経済
『世界デフレは三度来る (上)(下)』(竹森俊平/講談社)
明治以降、最近のサブプライム問題まで、日本、世界で生じたインフレ・デフレなど経済変動につき、その原因、実情、影響について、論理的・体系的に記述した上下二巻の大作。事象別に記述されているので、辞書的にも利用できる。竹森経済学部教授の知的水準の高さ、深い洞察力、鋭い理論的分析力などが如実に表れている塾生必読の力作。
『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』(吉川洋/ダイヤモンド社)
時々刻々変化する、生き物そのものである実体経済を正確に理解するためには、経済理論に関する正しい理解が不可欠。現在の最先端の理論も、ほとんどがケインズ経済学やシュンペーター理論の延長線上にある。資本主義に内在する景気循環を理解するために重要なケインズの「有効需要の理論」、経済発展に不可欠なシュンペーターの「イノベーション」を解りやすく解説した格好の書。
『アニマルスピリット』(ジョージ・アカロフ、ロバート・シラー/東洋経済新報社)
2001年ノーベル経済学賞のアカロフ・UCバークレー教授とシラー・イエール大教授の共著。ケインズが指摘した重要点は、「有効需要の理論」と同時に、「経済活動がアニマルスピリッツによって動かされており、それが経済変動の原因」と言う点。特に後者の点はケインズ経済学の発展の過程で忘れられてきたが、今回の金融危機を解釈するうえで、きわめて重要。「ジョージ・W・ブッシュ大統領は、“ウオール街は飲んだくれてしまった”と指摘した。しかし、なぜ飲んだくれたのか、なぜ政府は飲んだくれの前提条件を用意してしまったのか、政府はなぜ飲んだくれを容認したのか、に関する理論的説明がなされない。これは、ケインズが指摘していたアニマルスピリット=非経済的な動機や不合理な行動を経済理論に入れてゆくことを忘れたからだ」。
『The Digital Disruption』(Eric Schmidt & JaredCohen/ForeignAffaires/November/December 2010)
シュミット・グーグル会長兼CEOとコーエン・グーグルアイディア社役員による共同論文。国家とは、1648年のウエストファリア条約以前は、ほとんど宗教国家。以後は、民族が中心となり国境が画定され、国家内で法体系が成立するNation’s Stateで現在まで継続してきた。しかし、ネット人口が世界で20億人、携帯人口が50億人となり、世界人口の半分以上がネットや携帯で情報にアクセスできるようになった現在は、既存の国家よりも、ネットや携帯で接続する「仮想空間=Virtual Space」の方が個人にとってより密接な関係を作ることができ、しかも、より重要となり、国家にとって代わってしまう。
この論文を読んでみると、ウイキリークスのアサンジ氏がやったことも、チュニジアから始まりエジプトを巻き込み、世界16ヶ国に広がった反体制運動も極めてよく理解できる。時代の最先端を行っていると自負している塾生は、必読の論文。この程度の英語論文は、辞書なしで読めるよネ。
■小説
『ポーツマスの旗』(吉村昭/新潮文庫)
日本は、日本海海戦や奉天会戦に勝利したが、国力はほぼ使い尽くしていた。一方、ロシアは十分な戦闘余力を残しており、領土の割譲と多額の賠償金を当然視する国民の意識とは異なり、和平交渉は困難を極めるものとみられていた。実際に敗戦国の意識のないロシアとの交渉は困難を極め、度々決裂の危機を迎えたが、その都度主席全権小村寿太郎の深慮と遠望、ルーズベルト米大統領の叡智に助けられ、最後は、樺太南半分の割譲と言う望外の成果を持って決着した。しかし、実情を知らぬ国民は講和条約に反対し、日比谷焼き討ち騒乱事件を引き起こした。この小説は、米国ポーツマスで行われた日露講和会議の実相を描くと同時に、国を背負って国際交渉事の最前線に立つことの苦しさと困難さを余すところなく描ききっている。小村寿太郎は、この交渉で体力を完全に消耗し、帰国後葉山にて病死する。
『樹の声海の声』(辻邦生/朝日新聞社)
女性の自我を不要とみなす明治に生まれ、自己に忠実であることを貫き、大正、昭和の激動期をパリ、ワルシャワで過ごし、1939年9月のナチスドイツによるポーランド侵攻をワルシャワで体験、太平洋戦争開始直前、ヨーロッパからの最後の帰還船で帰国した実在の女性をモデルとした、辻邦生の小説らしい小説。
『海は甦る』(江藤淳/文藝春秋)
日本海軍の創設者である山本権兵衛の足跡を、国内外の政治情勢を勘案しつつ、克明に描いた全三巻の大部作。明治期の偉人たちの、国を愛し、国を守る気概の、凄さ、凄まじさを十二分に感じ取ることができる。
田幡直樹氏
元 日本銀行信用機構局長
1971年慶大経卒。現在はRHJインターナショナル・ジャパン上級顧問、
経済同友会金融・資本市場委員会副委員長、地球環境問題委員会副委員長等。
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