朝、この本の新聞広告を見て、主人公の名前は書いていないのだが、美空ひばりを書いた小説だとわかる。「アルエット(Alouette)」?聞き慣れない言葉、これはヒバリという意味なんだろうか?ヒバリはスカイラークだよなぁ、なんて話をしたあとは、すっかりこの本のことを忘れた。
その日の午後、別に探している本があったので本屋へ行くと、この本が平積みされている。広告と現場が連動していることって、意外にも本の場合は少ない。ふ だんそう感じていたので、新鮮というか、大袈裟に言ってちょっとした縁を感じた。さらにどういう訳か、ここ1週間で「美空ひばり」の名前を僕は2回発していたことを思い出した。ふつう美空ひばりという単語は、年に1回言うか言わないかぐらいなのに。
どんな話題の時に名前を出したんだっけ?1回は僕の家の近くの丘の上に住んでいたという話をしたと思う。もう1回はすっかり忘れてしまった。最近、名前を出したら本が出ていたって偶然?そんなところにも縁を感じて、この本を買った。
こうやって振り返ってみると、買いたいから縁を探しているふうにも取れる。買う理由づけ。案外よく言う「偶然の必然」とかも、そんなものなのかもしれない。そんなことを考えながら、その晩に読み始め、その日のうちに読み終えた。
直感は正しくやはりアリエットはヒバリ、フランス語。さらに文中に何回も出て来る「Mademoiselle(マドモアゼル)」は「お嬢」のフランス語。 小説は日本語で書かれているが、横書き。従って表紙も通常の和書とは反対側で、右側から左側に向けてページをめくっていく。そういうところがちょっと面白 い。
著者は、ふだんは文芸評論家。そういう人が小説を書くということに、何となく脳学者のデビュー小説を思い出した(『プロセス・アイ』(茂木健一郎/徳間書店))。けれども著者の場合はもともと小説を書いていたらしいので、これがデビュー作ではない。
とてつもない急勾配の坂の途中の上方、その坂を見下ろす位置に、Mademoiselle の家があった。子どもの頃そこから歩いて6-7分のところに住んでいた僕は、その坂を上るとき、何回かに1回、その家を見上げた。本人を見たことはない。やはりその頃よく遊んだ近くの河原では、空でヒバリが鳴いていた。鳴きながら飛んでいる空のヒバリの姿を見たことも、一度もなかった。こんなふうにまとめようとは思っていなかったのだが、昔を思い出しているうちに、こうなってしまった。
(ことしの本棚 第9回 針谷和昌)
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