『狼が語る ネバー・クライ・ウルフ』(ファーリー・モウェット/小林正佳 訳/築地書館)
表紙に一目惚れ。狼がカッコいい。こんなカッコいい狼が、何を語るのか?「ネバー・クライ・ウルフ」…狼は泣かない?泣かない狼?そんな意味のタイトルなのかと考えながら読み続け、最後の「訳者あとがき」に辿り着いてやっと理解。「クライ・ウルフ」というのは慣用句で「ありもしない危険を言い立てること」という意味だという。イソップ物語の「オオカミだあ!」で、つまりこのタイトルは「オオカミの危険を言い立てることはやめよ」ということなんだそうだ。
著者は狼の研究のために狼の近くで暮らす。与えられた武器も持たずに狼に近づき、やがて狼とお互いの存在を認識する間柄となる。そしてその研究が終わる間際、やり残した仕事としてまだ中を見たことがない狼の巣穴に、狼がいない間に潜り込む。ライトで照らした細い穴の暗闇の先に、いないはずの母狼と子狼の目が光る。絶対絶命に思えたその瞬間、著者が抱いたのは「恐怖が生み出す憤慨の怒り」だった。もしこの時、武器をもっていたら「残忍な激怒で反応し、間違いなくオオカミを殺そうとしただろう」と言う。
人間の弱さが表出し、一方の狼はいつの状態でも変わらないでいる。どちらが大人なのか?いや、大人という言葉は適切でない。どちらが好いやつなのか?あるいは、どちらが強いのか?著者が言う「失われた世界」という感覚を、狼たちも、動物たちも、ずっと持っていることに気づかされる。本を読む僕の周りをうろついて、たまに読書を邪魔するうちの猫たちにも、その強さを保ち続けているのだと思うと、彼らの存在に感謝したい気持ちになる。
この本は約50年前に書かれている。翻訳者は15年前に著者に会って、この本の翻訳を始め、15年経ってこの本になった。『狼が語る』は「オオカミたちが自分たちの本当の姿を著者を通して語っているという意味をこめて」出版社の人たちが考えてくれたタイトルだと、「訳者あとがき」にある。この「訳者あとがき」にも随分ホロッとさせられる。本文、そして著者による「何が変わっただろう―1993年、出版30周年の年に」、さらに「訳者あとがき」。どこを読んでも、この本は味わい深い。
(日々本 第328回 針谷和昌)
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