『FUKUSHiMAレポート』(FUKUSHIMAプロジェクト委員会 水野博之・山口栄一・西村吉雄・河合弘之・飯尾俊二・仲森智博・川口盛之助・本田康二郎/日経BP)
家でいつも座っている場所の横には本棚がある。その本棚に、ずっと置いていた本の1冊がこれ。読み切っていない、いつか読まなければ、と思いながらも長らく“積ん読”状態。今回なんとなく機が熟した気がして、改めて目を通し、ようやく読み終えることができた。読み返してみると、ほぼ全編にわたってこれまで自分が引いた線や書き込みがあって、積ん読というよりは結構読んでいたということがわかる。2012年1月30日の発行日。全503頁の大作。1年半以上かけてようやく読み終えたことになる。
ずらっと並んだ著者=委員会のメンバーの肩書きは以下の通り。この本が出来上がるまで、原発事故から1年経っていない。内容はとてもクールだけれど、事実を世の中に知らしめたいという熱い思いが伝わってくる。そして技術には常に「物理限界」が存在するという科学的真理を理解して対応する「技術経営」は、技術に立脚する企業になくてはならないものであるという、プロとしての根本的なプライドが伝わってくる。
水野博之:大阪電気通信大学副理事長、松下電器産業元副社長、理学博士
山口栄一:同志社大学技術・企業・国際競争力研究センター副センター長、同志社大学大学院総合政策科学研究科教授、理学博士
西村吉雄:早稲田大学大学院政治学研究科客員教授、工学博士
河合弘之:弁護士、さくら共同法律事務所パートナー
飯尾俊二:東京工業大学原子炉工学研究所准教授、理学博士
仲森智博:日経BPコンサルティングチーフストラテジスト
川口盛之助:アーサー・D・リトル(ジャパン)アソシエイト・ディレクター
本田康二郎:同志社大学ITECリサーチ・コーディネーター
繰り返し読んだところも多々あり、記しておきたいところはたくさんあるが、僕が最も重要だと思う2点をピックアップしてみる。
先ずは、11年5月15日に行った緊急記者会見で、東電は「1号機は津波到着後比較的早い段階において、燃料ペレットが溶融し、圧力容器底部に落下したとの結果が得られた」と発表したが、これは事実の積み重ねての発表ではなく、仮説をもとにした発表だったということ。
事故を解析したグラフには、「スクラム後3時間(18時頃)で有効燃料頭頂部に到達」「4時間後(19時半頃)に有効燃料底部に到達」と記されていた。一方で、そのグラフには小さな文字で「主要な解析上の仮定:15時30分頃の津波到達以降、非常用復水器系の機能は喪失したものと仮定」とも書かれている。
つまりこの記者発表は、事実と認定されていない仮定に基づいて計算された結果を発表しているに過ぎないということである。にも関わらず、その小さな文字の部分には気づかなかったかのように、“東電がメルトダウンを隠していた”ということをマスコミがクローズアップし、翌日から全マスメディアが「1号機は3月11日のうちにメルトダウンが始まっていたことを、東電は隠していた」と報じた。そして仮定だという前提はどこかに追いやられ、それが事実ということになっていったという。
さらに運転員が計測した「原子炉水位は12日7時までは安定」というデータについて、保安院は「運転員が計測したデータ自体が間違っており、実際には原子炉推移は維持できていなかったことが確認された」という主張を後日(6月6日)行う。そしてこの主張も事実化されていったという。これらの事実化には僕にも実感があって、この本を読んでいたにもかかわらず、その後のNHKの特集で、1号機は早い段階でメルトダウンしてしまったという説明があって、それではしょうがないと今の今まで思い込んでいた。
仮説に基づいた即日のメルトダウンという発表、現場の運転員のデータは間違いであるという保安院の主張が正しければ、時間的な猶予がなかったということになる。反対に仮説が成りたたなかったり、運転員のデータが正しくて、もし時間的な猶予があったならば、海水注入を行わなかったことでメルトダウンを招いたことに「経営責任」を問われることは明白である。いずれにせよ大きなポイントとなる海水注入を、そもそも何故ためらったのか?
その点についてもこの本では検討されていて、もともと原発を動かすマニュアルにも書いてある最後の手段となっていて、東電としては「海水を入れる=廃炉」としたくなかった、というのがこの本の指摘である。実際この本が出た後(12年8月)に公開された東電の社内テレビ会議の映像で「いきなり海水というのは材料が腐ったりしてもったいない」と2号機への海水注入について東電本店の社員が喋っていることからも、この指摘が正しかったことがわかる。
僕がもうひとつ重要だと思ったところは、国や電事連のデータの出し方についての指摘である。この本では上記の問題とはまったく別の項目での記述であり上記の部分と関連づけてはいないが、“情報をどう出していくか”という点で、上記メルトダウン仮説利用と共通するところがある。
「各国の算出した発電手段別のコストの比較」において、他国と大きく違うところが3つあり、それは「日本のデータだけに共通して原子力が最も安い」「日本のデータでの再生可能エネルギーは他国の算出値よりも大きめの値になっている」「日本のデータには天然ガスに関するデータが非常に乏しい」という。
「原発コストを得に低くしたところに恣意性がなかったとしても、太陽光、風力、地熱の値が他国データと比べて異状に膨らんでいる。これだけ違うと、その不自然さにデータ全体の信ぴょう性まで疑われても仕方あるまい。ここのデータは正しいと思われるが、算出の前提条件が問題なのだ。」
ちょっと捻った言い方をすれば、これらの指摘からわれわれは、情報は意図した方向へ導くこともできる、ということを学べる。そして情報がひとたび一人歩きし始めると、事実化が加速していくということもわかる。そういう情報の特性を著者たちはよくわかっていて、それが故に、時が経たないうちに、仮の情報が事実として加速しないように、明らかにするべきところを明らかにし、おかしいところをおかしいと言っておかねばという気概が、この本をつくらせたのではないだろうか。時間がどれだけかかっても、われわれは事実をひとつずつ明らかにして行かなければいけないのだと思う。
(日々本 第308回 針谷和昌)
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