日々本 其の百八十五「ありったけ」

『イチローの少年時代』(鈴木宣之/二見書房)

イチローの小学校3年から6年生にかけての“天才少年”の時代を、実の父が描く。父と子の二人三脚は『巨人の星』を彷彿させるが、星一徹の無条件の厳しさはない。ホームベースを指でつまんで毎日持ち帰ったり、鉛の入ったボールでスナップを毎日強化していたりと、大リーグボール養成ギブスに近い話も出てくるが、あくまでも父子で野球を楽しんでやっていた模様。イチローの才能に惚れた父親とイチローが、午後3時半から毎日毎日、2人だけで練習する。イチローも父親もそれをずっと続けたというところが、常人とは違う。

読んでいた同時期に、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で「イチロースペシャル」が放送された。僕がいちばん印象的だったのが、マリナーズのホームゲームで12年間ずっとライトスタンド最前列に陣取って「イチメーター」を更新していた女性に、イチローがグラウンドからジャンプして手を伸ばすギリギリのハイタッチで感謝の気持ちを表し、その女性が静かに喜び、そしてそっと涙をぬぐうシーン。僕も一緒に泣いた。無理矢理両者を繋げる訳ではないが、継続するということを、イチローはとても大切にしているのだと思う。

番組の中でイチローは、確実に引退が近づいていることを意識し、「笑って死にたい」と語っていた。その死まで、これまでと同じように、「ありったけを捧げる」とも。昨年、一足早く引退した松井秀喜は「命懸けのプレーをしてきた」と言っていた。「ありったけ」と「命懸け」。この2つの言葉を、僕も常に忘れないでいられたらと思う。

日々本 第185回 針谷和昌)

hariya  2013年1月21日|ブログ