『<選択>の神話 自由の国アメリカの不自由』(ケント・グリーンフィールド/高橋洋 訳/紀伊国屋書店)
「選んだのか?選ばされたのか?」「私たちの選択行為がさまざまな理由から制限されているという事実が、わかりやすい例を用いて解き明かされる」という帯に惹かれ、読み始める。
…アメリカの野球場では毎年およそ三○○人が大怪我をしている…(p026)
…ファストフード産業、スーパーマーケット、タバコ産業、ビール業者は、人々の選択に影響を及ぼせることを知っており、その知識を巧妙に利用して、製品に何を添加すべきか、どうやって宣伝するか、どこで売るかを決めている…(p035)
…経済学、神学、政治学、マーケティング、文学、心理学、哲学…(p037)
…ビキニ効果は即時の満足を求めるように男性をしむける…(p099)
…予備的な質問で思考をある一定の側面に集中させることによって、予測可能な方向に回答や行動を操作できることがわかる…(p104)
…メンタル汚染…自分たちが劣っているという否定的な固定観念を植えつけられているために…その想定に導かれるかのように行動してしまった…(p105)
…ある商品を是が非でも売りたかったら、それよりも高い商品のとなりに展示すればよい…(p107)
…人間は過去の経験を、突出した要素を核にして覚えておくが、この突出した要素というのは、最善のできごとか最悪のできごと、もしくは最初か最後に起こったことになりがち…(p108)
…文化と政治は、通常は歩調を合わせている…(p134)
…アメリカ人が投票したくない政治家タイプのトップを占めるのはいつでも無神論者だ…(p147-148)
…ポジティブなイメージを与えるセレブを自社製品の宣伝に起用すれば、顧客は潜在意識のなかで、その印象を製品に結びつけてくれる…(p202)
…私たちは豊富な選択肢を前にして夢中になる…(p215)
「豊富な選択肢」がありながら、何も選べないという経験を、日常的にも、つい最近も経験した。たくさんのTVチャンネルがあっても見たい番組を探し出せなかったり、たくさんの政党があってもどこに票を入れるか決められなかったりする。量より質、「豊富」であるべきなのは数ではなく質だということを、身をもって感じた。
上に挙げたように、随所に書き留めておこうと思うことが書かれている。だがぜんぶで300ページ以上あるこの本に線を引く部分が、読み進めるうちに少なくなっていって、とうとう最後の100ページには1ヶ所もなくなっているのは、僕が息切れしたということである。表紙と帯から得たもの以上のものが少ない感じがする。
週刊誌では新聞広告や中吊り広告にそそられ、読んでみると見出し以上のものが読み取れないということがよくあるが、ちょっとそれに近い感覚。こちらの調子が悪かったのか、自分の興味がある話が思いのほか少なかったのか。自分で選択して買った筈だけれど、選択しやすいタイトルと帯によって、選ばされた本と言っていいかもしれない。そういう意味では、タイトルを実践するお手本のような本である。
(日々本 第181回 針谷和昌)
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