『インストール』(綿矢りさ/河出文庫)
ぜんぶで172ページの小説を75ページまで読んできて突然驚かされる。
… かずよし、もう起きたの?
珍しい。僕と同じ名前の準主人公(小学生)が突然登場した。このページまで彼はずっと出て来ていたけれど、名前は出て来なかった(そして最後まで主人公の女子高生の名前は出て来ない)。なので本当に突然という感じ。何人かの有名人の かずよし はいるけれど(カズ、タモリ等)、小説では使いづらいのか、思いっきり名前が登場したのは、殆ど初めての体験である。
かずよし。僕の名前の和昌を かずよし と読むのはちょっと不可能で、親はなんで読み難い名前をつけたのだろうと結構考えることもあった。僕が生まれた年の皐月賞で勝った馬がカズヨシなんだけれど、皐月賞開催は僕の生まれた後だし両親に競馬の趣味はなさそう。父が和夫なので和をつけて、下の字は字画だとか語呂だとかで決めたような話を以前親から聞いたような気もする。
針谷という名字もなかなか はりや とは読んでもらえず、はりがや、はりたに と呼ばれることの方が多かった。高校時代はたくさんの先生がいたので初めて呼ばれる度にそう呼ばれて、一々違います、はりや です、というのも億劫に(というか恥ずかしく)なって、呼ばれるままに はい と返事した。凝った先生にはフルネームで はりがやおしょう と呼ばれたりしていた。
和昌という名前は、山際淳司さんが小説で使ってくれた。山際さんが亡くなられた後、奥様から これ新しい本 と渡された文庫を開くとパッと 和昌 という名前が目に入り、感激しながらそれを言うと「主人はたまに気に入った人の名前を小説に使うんです」という説明。その本は大切に本棚にしまってある。
僕の名前の話が長くなってしまったけれど、もうひとつ、この小説は僕にとって特別な小説だと思わせられるところがある。
… かずよしに駆け寄り、その猫背な背中に体当たりした。
本の中の かずよし も、それを読んでいる本の外の かずよし も、猫背なのである。まぁ、そんな訳で、この小説は僕にとって特別な小説になった。そっと本棚にしまっておこう。
(日々本 第169回 針谷和昌)
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