『倫敦から来た近代スポーツの伝道師』(高橋孝蔵/小学館101新書)
小3の時のリレーでゾーンに入ったことをはっきりと覚えている。人生初のゾーン体験は「運動会」での出来事。それでなくても思い出が多い「運動会」の中でも、圧倒的に先頭を走っていて靴が脱げて一度止まって取りに戻ろうか考えているうちに3位になって悔し泣きをした徒競走とともに、最も印象に残る出来事だった。そして中学に入って「部活」でやった野球は、今でも僕のメインスポーツになっている。
ずいぶん前の小さい頃の出来事が、その後の自分に大きな影響を与えているのがわかるけれど、この「運動会」も「部活」も、1875年に来日した身長172-173cm、体重67kgという、殆ど僕と変わらないイギリス人が、日本に伝え広めたという。F.W.ストレンジ。帯ではこんな紹介をしている。
●学生にスポーツの重要性を説き、ボート、陸上競技などを粘り強く教える
●東京大学で初めて運動会を開催。その後各地に普及
●日本初のスポーツ紹介本『OUTDOOR GAMES』を出版
●帝国大学の「運動会(体育会)」設立に尽力。体育会による「部活」のシステムが全国の学校に広がる
ストレンジが来日した頃の学校としての寺子屋には、身体を鍛えるという発想がなかったそうで、そういう中で始めた「運動会」と「部活」がこれだけ日本に定着したのは驚きであり、ストレンジの慧眼は日本のスポーツにとってとてつもない幸運だったとも言えるのではないだろうか。
来日時21歳のストレンジは自らあらゆるスポーツをやり、実行委員や事務局長を務める競技大会に出て、クリケットボール投げ、1マイル走、ハンマー投げ、棒高跳び、クリケット、野球、サッカー、ボートなどで活躍した万能選手だったそうだ。スポーツが人格を陶冶し、克己・節制、制欲・忍耐、勇敢・沈着、敏活・機知、明快・気宇壮大という徳性はスポーツによって与えられる最高の賞品であるという発想を持っていたという。
スポーツに携わる仕事をしているので、この本には知識として、また新たな企画のヒントとして、書き留めておきたい部分が幾つもある。そしてなぜ、当時のイギリスで多くの競技が形作られていったのか、という疑問が頭をもたげる。それをこれから研究して行くベースとしても、ここに幾つかの気になる部分を抜き出して書いておきたい。
この時期十九世紀半ば、イギリスはまさしく最盛期を迎えていた。大英帝国はカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、香港、シンガポール、インド、南アフリカ連邦など地球上の陸地の四分の一近くを領有し、全人口の四分の一を擁し、世界の七つの海を支配した。ローマ帝国をしのぐ人類史上最大の帝国であり、「パックス・ブリタニカ」と呼ぶにふさわしい繁栄ぶりであった。(P34-35)
ドイツ体操とは、鉄棒、あん馬、平行棒などの器械体操をいい、今日の器械体操の大部分はドイツ体操の父ヤーンが考案したものである。十九世紀半ばにはヨーロッパ各国に普及し、イギリスでも人気があった。(P90)
三田の山の運動場で、慶應義塾が初めての運動会を開催したのは1886年(明治19年)であるが、明治27年の運動会には、招待券持参者だけで、およそ一万人が集まったという。(P146)
「体操」がようやく学校体育として系統的に発展するのは、明治19年(1886年)の「諸学校令」以降のことである。(P156)
イギリスはスポーツがもっとも盛んな国である。特に大学・中学で盛んに行われている。そのスポーツを通じて鍛え上げられたイギリス人気質が、小さな島国をして、世界に冠たる大英帝国を作り上げさせた―。(中略)スポーツで鍛え上げられたイギリス人気質として「マンリネス(manliness)=男らしさ」、「プラック(pluck)=不撓の精神」。「フェヤプレー(fair play)=公平さ、卑劣な手段をとらぬこと」、「マグナニミテー(magnanimity)=度量、敵に対する大きな心」、「オーダー(order)=秩序」の五つを挙げる。(P164-165)
漕艇、テニス、競馬、ゴルフ、陸上競技、サッカー、ラグビー、アーチェリー、拳闘、バトミントン、ホッケー、卓球、水泳、登山、クリケット、射撃、ヨット、自転車……。
近代スポーツの多くがイギリスで生まれ、あるいは育てられた。(P166)
野球は最初に訳語をつけたのが子規であるのはよく知られた話。「打者」、「走者」をはじめ、「四球」、「死球」、「直球」など、彼の訳語が今でも使われている。(P188-189)
(日々本 第128回 針谷和昌)
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