この文章が載る頃にはオリンピックが始まっている筈だが、このブログはちょっと早めに書いているので、オリンピック開幕直前にこの文章を書いている。オリンピックまでに読まなくちゃと思っていた本だったので、何とか間に合ったなというところ。急いで読んだのでじっくり考える時間はまだ取れていないけれど、未来のオリンピックはどういう方向へ行くのか?という難しい問題を結構考えさせられた。
『オリンピックと商業主義』(小川勝/集英社新書)
ピーター・ユベロスという’84ロサンゼルスオリンピック組織委員長がいる。ある種の革命を起こしたという形で、オリンピックの商業化という話には必ず出てくる名前。ユベロスはLAオリンピックを成功に導き、オリンピックの大幅な黒字化のプロトタイプを創ったあと、メジャーリーグベースボールのコミッショナーにも就任している。
つまり「スポーツをプロデュースする」ということに関して、もう、これ以上ないのではという経歴。僕は当時の仕事仲間と、ユベロスに弟子入りするのはどうだろうか、と話し合ったこともあったほど、一時入れ込んだことがある。
だから知っているつもりでいたのだが、LAオリンピックの成功=高収益は、収入の手段を多角化し多額化したことよりも、支出を抑えたことによるものであるということは知らなかった。この点についての本書の指摘は新鮮で、今までのオリンピック史とはひと味違っていると感じる。
1912年ストックホルム大会当時は参加費用は個人負担。出場選手は日本から参加するために渡航費・滞在費を募金で当時の国家公務員の初任給の30倍以上を集めた。1924年フランス大会では初めてメガホンに代わってマイクとスピーカーが使われた。そうやって進んでいたオリンピックは、1956年メルボルン大会までが「小さなオリンピック」だった。
それを変えるきっかけを作ったひとりが、ホルスト・ダスラー。オリンピックがスポーツ用品メーカーのプロモーションの場となる走りとして、メルボルンの市内にアディダスの店を展開し、トップアスリートに提供した。
僕はホルストの年齢が、当時20歳というのに驚いた。父親アディーはアディダスの創始者即ち職人。息子のホルストはスポーツビジネスのパイオニア。後にISLというオリンピックもワールドカップサッカーも取り仕切る代理店を設立した。親の開拓した道が陸路だとすれば、息子は空路を発見して、別の早道で後を継いだというような感じだ。
64年東京大会は「1兆円オリンピック」と呼ばれたそうだ。このとき出来たのが東海道新幹線(3,800億)、首都高速道路&道路(1,753億)、上下水道(725億)、首都圏地下鉄(1,895億)、私鉄の都心乗入れ工事(285億)。オリンピックのためのというより、オリンピックとタイミングを合わせて出来たもので、オリンピックの経費として計上された訳ではないそうだ。
72年ミュンヘン大会までIOC(国際オリンピック委員会)会長だった“ミスター・アマチュアリズム”ブランデージが、いいことを言っている。「オリンピック大会の目的は、世界一速い人間を決めることではなく、オリンピック・ルールに従った世界一速い人間を決めることである」。このミュンヘン大会の2年後から、オリンピック憲章に「アマチュア」という文字が使われなくなったそうである。
00年シドニー大会でのTV放映権料の各競技への分配は5段階。以下その例。
ランク1:陸上競技
ランク2:水泳、サッカー、バスケットボール、バレーボール、テニス、体操、自転車
ランク3:ハンドボール、ホッケー、ボート、馬術
ランク4:柔道、レスリング、卓球、バドミントン、重量挙げ、野球
ランク5:トライアスロン、テコンドー
知らなかったけれど(いや何かのときに聞いた覚えもあるけれどあえて忘れようとしていたかもしれない)、競技によってランクを明快につけられているという事実を、つけられている方はどう考えているのだろうか。
05~08年のオリンピックで企業の金を集める「TOP VI」からの分配の割り振りは、大会組織委員会50%、各国オリンピック委員会40%、IOC10%と決められていて、さらに各国オリンピック委員会の配分のうち米国オリンピック委員会が半分をもらっているという。アメリカ企業のスポンサーが多いというのがその理由のようだが、これ即ち強化費の差はイコール経済力の差ということになってくる。
そういうふだんあまりクローズアップされないことにも触れていて、思いのほかかなり参考になった。オリンピック前(読み終わったのは今回のロンドン大会開幕前)に読み終えて、新たな気持ちでオリンピックのTV観戦をしている最中である。
(日々本 第105回 針谷和昌)
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