『七夜物語』上(川上弘美/朝日新聞出版)
朝日新聞の夕刊に連載されていた小説。ふだん小説はあまり読まないけれど、この本は店頭に並んだ時からいつ買おうか迷い、即ちいつ読めるかをだいぶ考えて、ようやく時が来た気がして先日上下巻そろって買ってきた。ちなみに小説をふだん読まないのは、一度読むと魂を抜き取られるぐらいのエネルギーを使ってしまうから、そんなことをたくさんやっていたら身が持たないと思うから。もちろんそれほどパワーがあるのは良い小説に出会う機会は限られる。
最初の50頁ほどは、金魚すくいのシーンが最も印象に残る程度の、静かな滑り出し。それでもあっと言う間に50頁を読ませるのは、さすがだなぁなんて思っている間に、話は急展開していく。
びっくりしたのは、先日書いた「仕事と読書」で描いた図に共通する話が、かなり大事な部分で出てきたこと。内容は物語に関係するので詳しく書けないけれど、こういう発想の転換もあるんだ!ということと、ちょっと似たようなことを著者が考えているんだということが、何となく嬉しい。
そして出てくる人たちの名前が良い。ちょっとふつうないだろう、という名前なのだけれど、あってもいいなと思い始める。小説の才能の中に含まれるのかもしれないが、著者にはネーミングの才能もコピーライティングの才能もたっぷりあると思う。そういうジャンルに仕事ぶりも見てみたいけれど、その才能を小説に集中してくれている現状の方が、皆をより幸せにしてくれていると思う。
これはカッコイイ、この小説はもしこの後つまらなくても、ここの部分を読めただけでもう充分という、高校のとある部活が出てくる。その部の名前になっている行動を、僕は本当に久しぶりにやってみた。とっても懐かしい。そんな力もこの小説は持っている。
…とここまで書いて途中休憩、朝刊を読み始めたら、何と日経新聞の書評欄に、『七夜物語』が出ているではないか。しかも、僕が「物語に関係するので詳しく書けない」と書いた部分が、すっかり種明かしされている。…読んでいる最中は本の中の場面があざやかに目の前にあらわれるのに、「いったん本を閉じて棚にもどし、図書館を出たが最後、その日に読んだ」内容をすっかり忘れてしまうのだ。…
ふ~む。ここまで書いて良いのなら、例えば良いなと思った名前を明かすと、仄田(ほのだ)だったり、南生(なみお)だったり、財部(たからべ)である。そしてカッコイイと思った部活は、くちぶえ部である。くちぶえ甲子園なんていうフレーズも出てくる。以上、上巻。下巻はかっこよさではなく、物語の力に引き込まれていく予感がするが、さてどうだろう。
(日々本 第95回 針谷和昌)
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