ソニーのブックリーダーで6段階の下から2番目“S”の大きさの文字にして、732ページの大作。少しずつ読んでいたので、3ヶ月ぐらいかかったかもしれない。小さな出来事の積み重ねで淡々と進んでいく。夏目漱石は心理も含めた描写が細かい。実際にその場にいたらこれほどいろいろなことに気がついたり考えたり出来ないだろうと思うくらいだけれど、それが特徴のようだ。
で、この小説は青春小説であり、恋愛小説でもある。コテコテの恋愛話ではないが、最後の方で三四郎の恋がクローズアップされてきて、最後の一行に至る。この最後の一行は、ある言葉を三四郎がつぶやくのだが、それが僕には衝撃的だった。最後の二行だけがページをめくると出て来て、そうくるか…と。夏目漱石はこの最後の一行を書くために、732ページ分の小説を書いて来たのではないかと思わせられるくらい、ズキンと来た。
「小説の最後の言葉をタイトルにした小説を書いてください」というお題を後輩であり友人である小説家が去年、ネット上で問い掛けた。僕はそれに応えて短い小説を書いた。僕自身2作目の小説で、1作目も彼にお尻を押されて書いた。その時にいろいろ調べたのだけれど、たいていの小説の最後の言葉や最後の一、二行は、あまりインパクトが強い言葉でなく、次へそのまま続いていくような、未来へ繋がっていくような文章が多い。その点で「三四郎」は特別だと思う。
読んできた732ページの重みが、この最後の一行へすべて乗っかってきたかのよう。そして、ここだけ読んでももちろんそれは感じられないだろうし、これを先に読んでしまったらこの小説は面白くない。ずっと遠かった三四郎が、この一言で自分になったように近づいた気がした。
(日々本 第67回 針谷和昌)
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