日々本 其の六十四「TFA」

『世界を変える教室』(ウェンディ・コップ/松本裕 訳/英治出版)

タイトルの「TFA」は「東京都サッカー協会」ではありません。“ Teach For America ”と言って、90年に出来た教育系NPO。当時プリンストン大学4年生の著者が設立した。この TFA が、いまアメリカの教育を変えようとしている。TFAのことをまったく知らず、本屋で偶然立ち止まった場所に平積みにされていて、そのまま立ち読みしたら止まらなくなり、購入後も読むのが止まらず(止まらなくなったのはなかなか期待している答えが出て来ないということもあったけれど)一気に読み終えた。

「すべての子どもたちが素晴らしい教育機会を得られるようにすること」を理念とし、将来リーダーとなる可能性を持った優秀な大学卒業直後の若者を、深刻な課題を抱える地域の学校に教師として2年間派遣する。初年度6地域500名から、11年には43地域に9,300名の教師を派遣。いまやTFA教師として派遣されるというキャリアが米国大学生の間で絶大な人気で、一昨年の文系学生就職人気企業ランキング第1位、グールグル、アップル、マイクルソフトを凌ぐという。

著者が全国のTFA派遣教師を次々に紹介するスタイルで、各地の教師のさまざまな優秀な実績が披露されて行く。その合間に「自分の選択+自分の行動=自分の未来。自分の未来を選ぼう」のモットーを生徒に配る先生、「大人のニーズや好みで動く組織ではなく、子どもたちに対する義務によって動く組織にしなければ」を目指す先生、優秀な教師の人数を大幅に増やす最も有望な手段は組織全体を変える=学校規模の目標、リーダーシップ、文化、人材育成および人材管理体制を充実させ教師たちが成功しやすくするというTFA本部の役割、勉強が遅れた生徒にも優秀な生徒と同じ課題を与えるというある学校の理念、などのエピソードがちりばめられている。

統一されたプログラムはなく、各地で意欲的で献身的で愛情豊かな先生たちが、ケースバイケースで悪い状況を劇的に好転させていく。それは数字で示されるが、具体的に誰が何をどうやったかというところまで、詳細はなかなか明らかにされない。それがいつ出てくるかとページをめくっていく。

回復時間、対立に立ち向かう意欲、満ちあふれる活力といった資質が、教師の成功を予期させる要素だという。TFA本部はそういう心理テストを先生たちに試み、調査分析し、いい人材を得るために力を惜しまない。そして、こういう先生を生み出すことを可能にしたのが教員免許の取得経路の拡大で、TFAの教師は全員、免許取得の代替経路を通じて採用されているという。

著者の8歳の息子があるとき訊いた。「子どもがちゃんとした教育を受けられないのが大変な問題なら、なぜ大学を出たばっかりで問題が解決できるような経験が全然ない若い人たちに頼むの?」と。それに対して母親は「経験が貴重なのは確かだが、未経験にも力がある。何が不可能かをまだ知らず、無限のエネルギーがある未経験のうちだからこそ、若い人たちは他の人たちがとうに諦めてしまった問題に取り組んでいける。そのエネルギーを良い方向に導けば、大きな違いを生み出せる可能性がある」と説明する。

TFAで極めて優秀な教師の成功は、優れたリーダーシップの賜物だという。変革のビジョンを追求し、そこへ到達するべく努力するよう他者を鼓舞し、慎重かつ戦略的に活動し、教育が確実に子どもたちの人生を変えられるようにするために必要な資源は何でも活用し、継続的に改善を重ねていくところにあるという。

ようやく最後の方にかなり具体的な例が出てくる。大学進学のための対策講座を始め、毎日残業し、良い大学への一泊見学旅行を実施し、才能はあるが発揮できていなかった生徒を叱咤激励し、両親を説得して働かせないで勉強に専念させ、この生徒がオックスフォードへの夏の強化合宿に合格したけれどその費用が半分不足して諦めかけていると、先生たちは自分たちで提供した賞品が当たるくじを売り歩いたり、スポーツのコーチや学校長や友人・知人もお金を出し合い、さらには新聞に載って地域の人たちから寄付が集まり、生徒はとうとうオックスフォードへ行くことができたという。

さらに「ティーチング・アズ・リーダーシップ」という教師のための行動規範が紹介されている。

(1)大きな目標を掲げる(2)目的を持って計画する(3)効果的に行動する(4)生徒とその家族および影響を与える人々を大きな目標に向かって本気で取り組ませる(5)効果を追求し続ける(6)弛まぬ努力をする

そして「教師の指導案」。

(1)「○○ができるようになる」という目標の明確化(2)授業案には、導入、解説、演習等の各項目で、何をどのように伝え生徒にどのような行動を期待するのか、詳細まで記載(3)授業の終わりにその目標達成を確認する演習を実施し、指導の効果を振り返る(4)その演習で期待通りの成果がでなければ、生徒の問題ではなく、教師の問題であると考え、そこからの学びを次の授業に活かす

僕はここまで一気に書いた。すっかりこの本に感化され、これから自分なりの“教育”をどうやっていこうかと、力が漲っている。高揚した読後感……この本は、平均点や習熟度がどれだけ上がったかなど数字で実績を列挙していくのではなく(最初から終盤までのほとんどがそうだった)、最後の方に出てくるように具体例を挙げていっていたら、もっともっと熱い読みものになったと思う。いや、わざとこうしてあるのか?これが導入編で、近い将来、実践編が続編として出てくるのかもしれないとも思えてくる。

日々本 第64回 針谷和昌)

hariya  2012年5月05日|ブログ