『私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないと思っています。』(ロッキング・オン)
この長いタイトル(原発の文字は黒で日本の文字は赤でそれぞれ他のタイトル文字より大きく表記されているのでそれを今回のタイトルにした)の厚い411ページの本を今さっき読み終えた。この1.5日ほぼひたすら読んでいた気がする。
先週末、僕が勝手に友人だと思っている去年知り合った福島の先輩(何の先輩かというと人生の先輩ということになるが)と新年の挨拶を含めて電話で話した。「福島は見捨てられている」。彼は先ずそう言った。簡潔に言うと、福島を通り越して宮城や岩手に多くの人や物が行く、という話である。長く話したけれど、彼が伝える福島の現状はその最初の言葉に集約されていた。僕はおそらく今年、何かしら福島にコミットするだろうと思う。
さてこのブログの「其の四」で書き連ねたが、この本はたくさんの人たちのインタビュー(内田樹と高橋源一郎は2人の対談=インタビュアーの渋谷陽一も含めての鼎談とも言える)で構成されている。
飯田哲也 上杉隆 内田樹 江田憲司 開沼博 小出裕章 古賀茂明 坂本龍一 高橋源一郎 田中三彦 藤原帰一 保坂展人 丸山重威 和田光弘
すべてのインタビューが刺激に満ちていて、これらの人たちは50年代生まれが多いのだが、1人だけ突出して若い東京大学大学院生がいる。27歳の開沼博。本屋で平積みになっていた『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)を何となく覚えている。
原発問題は「日本の明治以来の近代化全体の構造が、そのまま表れている話」で「近代化全体を見通す必要がある」。
「日本への原発導入に尽力した正力松太郎」は演説で「核燃料」を「がいねんりょう」と読んだというエピソードがある。
(これに続いて「IT革命=イット革命」と読んだという逸話で、また森喜朗が登場する)
福島には「公式には61年が初めて誘致が開始された年」だけれど「どうやら57年には地元に打診があったらしい」。
(個人的な話だけれど、57年は僕が生まれた年)
69年に漫画連載がスタートした「ドラえもんは原子力で動いている」という設定、当時の原子力は「夢のエネルギー」。
「脱原発したあと、具体的に誰がどういうふうに得をして」「損をするのか、っていうところを洗い出さないうちに」「脱原発」「あるいは、原発推進って言っててもしかたない。」
考えさせられることがたくさん。こうなると次は『「フクシマ論」』を読まなければ、となる。そして彼が指摘する「「その人たちを助けるために声を上げている正義感溢れるオレ・アタシ」みたいなヒロイズム」に陥らないよう自分をコントロールしながら、福島にコミットしていきたいと思う。
(日々本 第7回 針谷和昌)
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