“倍音”もそうですし“倍音声明”(ばいおんしょうみょう)もそうですが、この本で初めて目にした言葉です。倍音声明とは、「う」「お」「あ」「え」「い」「ん」の六音を順に繰り返し円座を描いて皆で声を出すもので四、五十人もいると非常に綺麗な倍音が出て、そしてひとりひとりに違う音が聞こえてくる。聞こえてくる倍音は自分が最も聞きたいと思っている音、その人の上から降ってくる音なのだそうです。
そして“倍音的な文章”というものもあって、書いている人の中に複数の人格が同時的に存在していて、彼らが同時に語っている、という状態になり、それを読んだ読書は、そこに自分だけに宛てられたメッセージを受信するのだそうです。
僕はインタビューをする時に、相手(インタビュイー)の言ったことを記録する方法として、聞いた端からひたすら書き取るパターンと、レコーダーに録音するパターンの、どちらかのやり方をします。それぞれに良さと難しさがあって、書き取りはあとで原稿にする時にテープ起こしをするより時間的に早いのですが、相手の言ったことを完璧に記録できないのと、自分で書き取って記録したと思った文字を読み返してみるとどうにも読めない場合がある、という難点があります。
録音しておくと相手の言ったことを聞き漏らすことはありません(たまに何と言ってるか何回聞いてもわからない時があります)が、インタビューをした倍以上の時間を、テープ起こしにかけることになります。
これまで多くの人にインタビューして来ましたが、当初は前者のやり方、即ち自分で書き取っていく方法でやっていて、最近はもっぱら後者の録音するやり方をとっています。そんな中、以前よりも心に響くインタビューが出来ていないのではないかという疑問がずっとあって、この本を読んでピンと来た訳です。
つまり、書き取る場合にすべての発言を書き残すことはほとんど無理で、キーワードや短縮系で繋いでいくという方法をとります。そうすると、実際に原稿にする時には、インタビュイーが語った言葉でありながら、インタビュアーである僕の意識も入った言葉になって、綴られていくことになります。
その時には、テープ起こしをしている時よりも、かなり感情移入した状態で、自分で書きながら涙が出て来そうになることも、稀ですがありました。それに比べてテープ起こしは作業というかワークというか、どうしても業務的な活動にならざるをえません。
ピンと来たというのは、書き取ったものを文章にすること、これも一種の“倍音”なのではないかと気がついた、ということです。そんな訳で、早ければ明日、またインタビューをするんですけれど、最近の録音パターンをやめて、初心に還って書き取りパターンでやってみようかなと考えています。言ってみれば“倍時間”起こしをやめて、“倍音”インタビューにチャレンジです。さて結果はどうなるか、自分でもかなり楽しみです。
(ことしの本棚 第85回 針谷和昌)
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